オウム

今朝、TVを見ていたら、オウム真理教松本死刑囚の死刑が執行されたとのニュースが流れました。それとともに信者の何人かも死刑が執行されたとか。

地下鉄サリン事件の時は、ちょうど私は胃カメラを飲んだ後、静岡の日赤病院でお会計を待っていたわけで、待合室のTVには道端に倒れこんでいる多くの人や、オレンジ色の防護服を身にまとった大勢の人たちが右往左往している場面が移っており、これはいったい何? と、訳が分からぬままに見ていた記憶が鮮明に残っています。

その後、オウム真理教の仕業だということが判明して、オウム真理教の幹部の信者たちが理系の最高学府を出た人ばかりというので、それも私にとってはまことに不思議なことでした。ありったけ論理的であるはずの理系の人間が、なぜ、あの麻原彰晃の思想に共鳴できるのか? 

その後、主人と富士山の朝霧高原あたりにドライブに行ったとき、ちょうど武器製造工場と言われていたいわゆるサティアンの前を通って、ちょうど、その中の差し押さえ備品を損害賠償の一部に充てるために販売をしているということで、物見高く業者を装って中に入ったりしたのですけれど、中には何千万もするような機械や焼却炉などが所狭しと並び、その機械たちの立派さに比べて、まことに粗末なつくりの建物の中は、いかにも素人仕事のように配線が天井からぶら下がり、あぁ、この中で熱に浮かされたように働いていた若者がいたのだろうな、と。あの建物はどう見たってその中で生きる生活者のことは一顧だにしていない粗末さだったもの。

そのころ、伝統工芸の関係で名古屋に行ったとき、栄の繁華街の道端でひっそりと、薄汚れたピンク色の象さんの帽子をかぶってオウムのビラを配っていた、顔色の悪い痩せた若者も見たっけ。あなた、ちゃんと食べてるの?

今もって、若い優秀な医者や学者の卵たちが、なんで麻原彰晃ごときにマインドコントロールされる羽目に陥ったのか、私にとっては謎でしかないのだけれど、麻原彰晃はともかく、そのほかの死刑執行囚たちには一抹の哀惜の念を覚えたりするわけで… それも変な話なんだろうけれど。